妻の愛した君へ。-虹の橋を渡った愛猫への手紙-
妻の愛猫のお話。
6月10日、梅雨の雨が降る月曜日の朝。
妻と家族に看取られ
君は虹の橋の向こう側へ行ってしまった。
4月に身体に異変をきたし、重篤な疾患でお医者様に余命1年もないことを告げられてからというもの、妻をはじめ家族の献身的な介護が始まった。君の体調が良くなり、峠を越えた。このまま落ち着いていけるかと思っていた2ヶ月目を迎える直前だった。
8歳と11ヶ月。9歳を迎えることは叶わなかった。
初めて私が君に出会った日を、今でも覚えている。
ずっと話には聞いていて、写真も沢山見せてもらっていた。晴れて妻と同棲を始めてからようやく会うことが出来た。妻の家族の元を訪れた時、玄関先で初めて顔を見た。
家族以外に懐かない、顔すら見せない君が
私に初対面で身体をすり寄せてきた瞬間を私以上に妻と家族が驚いていた。
あの時からもう君は、私が君の代わりに妻を守る存在になることを分かっていたのかもしれない。
私と出会う以前の妻の人生は、決して恵まれたものではなかった。決して人前では見せない、感じさせないけれど、心優しい彼女を傷つけ人生を否定されたような過去が彼女にはある。
そんな辛い生活の中で、妻に癒やしを与え、支えてくれたのが君だった。
君は無償の愛で、妻を癒やしてくれた。
ベッドで泣く妻に寄り添い、涙を舐めてくれた。
元気がない妻に気付くと
いつもの鈴の音を鳴らして、愛くるしい姿ですぐ妻の元に駆け寄った。
「ママは僕が守る。」そういう思いが君から溢れていた。
私が妻に出会う以前から
辛い時期に妻を癒やし、支えてくれたのは君だ。
妻と同棲を始めてから会う頻度も減り、妻の匂いも変わっていったのだろう。あまり近くに寄らなくなった君はどこか寂しそうな顔をしていた。妻も当然ながらその変化に寂しさを感じていた。
変化にも慣れ、2年が過ぎた頃の今回の出来事だった。
私はペットを飼ったことがなく、猫の習慣やら縄張りやらそういったことは全く分からないのだけど、家には元々3匹の猫がいて、途中から4匹に増えて猫社会にも色々とデリケートな問題があるらしく一時期は大変だった様子。
滅多に妻に甘えなくなった君が、余命宣告後、最後に妻にべったりと甘えたその時を、妻は動画に残していた。君は分かっていたのかといわんばかりにしっかりカメラを意識していた。
最期の日。異変に気付いた家族からの電話で妻が家に戻り、全員に囲まれた中で君は安らかに息を引き取った。家族全員が欠けることなく、家族が誰かに責任を押しつけることもない、絶妙なタイミング。
「ママを呼んで!みんな来て!」そう思わせるような大きな声で君は鳴いた。そこから電話に至ったそうなのだが、君がこの時を選んだんだろうね。
苦痛に顔をゆがめることもなく、お医者様も驚くほどの安らかな最期を迎えた君の眠るような顔を忘れない。
妻はHSP(※)で、とても繊細で純粋な女性。普通の人が受ける刺激を10倍くらいの感度で受ける。そんな人一倍感受性に影響を受ける彼女が、付き合ってからこれまでで1番の悲しみの感情に襲われているのが今。
私は、幸いにも死を自覚した頃から大切な存在を失ったことがない。いつか迎えるその時を、覚悟しながら生きている。
今回、妻にとっての大切な存在である君が旅立ってしまった。妻の喪失感は計り知れないものがある。想像を絶するほどに深い悲しみ。
14日に葬儀を行い、家族との写真や手紙、沢山の花に囲まれて君と最期のお別れをした。妻は終始涙を流していた。君にありがとうと叫んでいた。
君を見送るに相応しい、梅雨晴れの青空だった。
以降の妻は、悲しみのダムが決壊してしまった。
君を思い出しては声を上げて泣いている。かなしすぎておなかが痛くなる。
悲しみに心が最適化されるまで、しばらくはこの状態が続くだろう。
君に触りたい。君に会いたい。そう妻は泣く。
妻にとって、どれだけ君の存在が大きかったのか
確かな愛がそこにはあった。
私が仕事中に、ベッドから妻の泣く声が聞こえたらすぐにベッドに飛んでいき、妻を抱きしめて頭を撫で、背中をさすってあげる。
妻の涙を吸うスポンジに、私はなりたい。
シャツ左胸部分が涙でずぶ濡れ。泣かせてあげること、そばで支えることくらいしかできないから、それを精いっぱいやるのが夫の務めだ。
君の安らかな顔を見て、美しい毛並みを最後に撫でた時
「今までありがとう。これからは君の分も、私が妻を守るよ。」
私は、君にそう誓ったのだ。
違う世界線があるのなら
君がもっと長生きして、私がペットを飼える家に引っ越して
私と妻と君と、3人で暮らせる日を描いてみたかったな。
「僕のワンダフル・ライフ」という映画を妻と観た。ペットの犬である主人公・ベイリーが輪廻転生し別の犬に生まれ変わる事を繰り返し、数十年後、奇跡的に運命の飼い主と再会する物語。
この世に生を受けてからずっと
妻を愛してくれて、支えてくれてありがとう。
産まれた時から妻に愛された子
いつかベイリーのように、また妻の元においで。