【ネタバレ】すずめの戸締まり 物語と小ネタ・感想・考察
期待していた新海誠監督最新作「すずめの戸締まり」
公開初日に鑑賞してきたので綴ります。
公式パンフレットと鑑賞特典「新海誠本」に記載の情報を
一部引用しつつ紹介。
※以降、冒頭からネタバレ全開の内容
鑑賞済みの方はストーリー等読み飛ばしていただければ。
閉じ師 草太の詠唱
冒頭12分公開からずっと気になっていた草太のまじない詠唱、パンフレットにしっかり記載。ありがとうございます。
「ヒミズ」はモグラのことで、
ミミズの天敵なわけだが、それも掛けた祝詞なのかなと推察。
世界設定
東日本大震災が起きた日本。
SF要素
常世(とこよ)と呼ばれる別世界にある地震の原因となる歪んだ力の塊「ミミズ」が現世に出現するのを阻止するため、出現場所となる後ろ戸を閉じる戸締まりを使命とする閉じ師(とじし)が存在する世界。
女子高生のすずめが、閉じ師の草太出会うことで物語が進み出す。
作品の世界では、地震は全て上記のミミズにより発生するもの
現実世界の原理(地中にあるプレートのずれ)で発生するものではない
(パンフレット情報)
「君の名は。」・「天気の子」とは異なる世界線の語
前作の「天気の子」では物語のラストで東京の大部分は海に沈んでしまっている。それでは本作は成立しないので、大水害が起きてない世界線の話。パラレルワールドの日本が舞台と考えた方がわかりやすい。
本作では、「君の名は。」主人公・立花瀧のCV神木隆之介は芹澤を演じ、
「言の葉の庭」ヒロイン・雪野 百香里のCV花澤香菜は椿芽を演じている。
劇中にかつての主人公やサブキャラクターが登場していないか、くまなく探しながら鑑賞したが、本作ではそのようなキャラクターは発見できず。(いるのかもしれないが、私個人の範囲では発見できず。見つけたら教えてください笑)
それでもかつての作品からの隠れ要素がいくつもあったのでそれも見どころのひとつ。(記事後半に紹介しています。)
主な登場人物
すずめ(鈴芽)
震災孤児。高校2年生。
実は東北出身。母子家庭。母を津波で失う(明確な描写無いので憶測)
幼少期(4歳)の震災の記憶は曖昧だが終盤思い出す。成り行きで草太の閉じ師業を手伝うところからトラウマを克服していくロードムービーの主人公に。口癖は「嘘でしょ!?」
ダイジン
要石という厄災を封印する重要な役割を担う人語を操る猫(のような神獣)。初登場時は地面に突き刺さる石杭。元は人間だった可能性もある。容姿が可愛くTwitterでバズり人気者に。
草太
厄災が出現する後ろ戸を閉じる閉じ師。大学生。教師になる予定。
要石という厄災を封印する重要な役割を担う猫に、呪いで椅子にされる。それだけでなく要石の任そのものを譲渡されてしまい人身御供となるが、すずめに助けてもらう。走る椅子として目撃情報がTwitterでバズる。
芹澤
草太の友人。カラオケをする神木隆之介。良いキャラ。ダサいファッション。
予想以上に出番が多かった。
中古の壊れたオープンカーで東京から宮城まですずめを連れて行く優男。
環(たまき)
すずめの叔母。すずめを引き取り、宮崎に移住。
椿芽(つばめ)
すずめの母。看護師。手作りの黄色い椅子をすずめにプレゼントする。
東北大震災で死亡。すずめのトラウマとなる。
ストーリー(要約)
幼少期のすずめがどこか不思議な世界で迷子になっている。母の姿を探すがそこに母はいない。すずめに母らしき大人の女性が近づいてくるが顔は定かではない。邂逅するところで目が覚め、高校生のすずめの物語が始まる。
すずめの住む宮崎に閉じ師・草太がやってくる。
厄災の発生を抑止する2つの要石。そのうちの1つの封印をすずめが解いてしまう。後ろ戸の封印現場にてすずめは草太と再び邂逅する。
要石だったそれはダイジンという子猫になり、草太はダイジンの呪いによって、すずめの母の形見である黄色い椅子の姿にされてしまう。
ダイジンを追いかけてすずめは宮崎を飛び出し、愛媛〜神戸〜東京〜宮城とロードムービーが始まる。行く先々で様々な世代の人々と出会いながら、人々の思いに触れ成長していくすずめ。後ろ戸を閉める閉じ師の草太の手伝いをしていく中で東京のもうひとつの要石の封印が解けてしまう。
東京に大震災が起きる直前、ダイジンの呪いと共に要石となった草太をミミズに突き刺すことで震災を回避。すずめは封印された草太を助けるために後ろ戸の向こう側の世界・常世(とこよ)に足を踏み入れるべく、唯一の手がかりとなる後ろ戸が存在する場所、かつて母と暮らした東北の故郷へ向かう。
実家跡地にて自身の幼少期の絵日記を掘り起こし、震災のトラウマを乗り越え、幼少期に自身が迷い込んだ後ろ戸に辿り着き常世へ。草太を救う。2匹の要石の化身、ダイジン、サダイジンの協力を得て2頭のミミズの頭にそれぞれ要石を突き刺し再び封印に成功する。
すずめが遠くを見ると幼い少女がいることに気付く。
常世は、過去現在未来が混在した世界。
冒頭で幼少期のすずめが居た世界が常世であること、目の前に現れた年上の女性の正体が高校生のすずめ自身であったことが明かされる。
高校生のすずめは、幼き日の自分を抱きしめ、トラウマと向き合う。
幼き日の自分に、未来の光、希望を伝える。
「お姉ちゃんは誰?」と聞いてくる幼きすずめに
「私は、すずめの明日!」と告げ、元の世界に帰る幼き日の自分を見送る。
常世から元の世界に戻り、物語はエンディングに向かう。
東日本大震災が存在する日本が舞台
これをテーマとしたことは
新鑑賞特典「新海誠本」でも公式に記載がある。
「君の名は。」も「天気の子」も、このテーマの映画を公開するための伏線だったのかと勘ぐってしまったが監督は2020年頃からこの作品の企画書を書き始めたと。
劇中には明確にそのワードは登場しないが、劇中に3月11日という月日と津波被害のあった宮城県の地が登場する。そして明らかになったことは主人公が震災孤児であること。私も生まれが福島県の人間で、実家は被災しているし、多かれ少なかれグッとくるものがあり感情移入して涙腺が緩んだ。
地震被害の描写が多いのでトラウマをお持ちの方は視聴注意な作品ではあるが、震災から10年を経て主人公の成長を描く日本横断ロードムービーとして、このテーマを持って描かれた長編オリジナルアニメーション。かなり考えて作り込まれた完成度を感じた。
幼少期すずめの黒塗りされた絵日記、3月11日
芹澤が震災跡地の風景を見ての発言「ここってこんなに綺麗だったんだな」に対してすずめが「え?ここがきれい??」と言い、過去の震災時の記憶ががフラッシュバックしたシーンが印象に残る。
すずめにとって、この地は綺麗な場所とは呼べない記憶の地になっていること、絵日記にもしたくない記憶だったことが当時黒塗りした絵日記のページが物語る。
劇中私が初めて涙腺にきたシーンは
黒塗りされた3月11日の絵日記が映し出された時。
どれだけこの日を日記に残したくないほどつらく悲しかったのか、現実にもそのような人はたくさんいるはずで、色々と重ねて見てしまい、胸に来るものがあった。
上記とリンクさせて劇中の回想シーンになるとスクリーンの縁が黒いクレヨンで塗られたような演出も印象的。
子供のすずめ(過去のトラウマ)を、
高校生のすずめ(成長した自分自身)が抱きしめる
物語全編を通して、徐々にすずめが震災孤児であること、4歳のおぼろげな記憶と共に母を失ったトラウマを抱えていた少女であることが描かれていく。
物語のラストでは、
まだ現実の悲惨さ、母の死も理解できず泣く幼少期のすずめを
高校生のすずめが抱きしめるシーンがある。
ここで高校生のすずめがまさに悲劇の中にいた自分自身と向き合うわけだが見てるこっちも感情移入してしまい涙がぽろぽろ零れてしまった。
新幹線ですずめがしていたマスクは私達の世界とのリンク
劇中の世界は基本的に誰もマスクをしていない、コロナ禍のない世界線で描かれていると感じていたところですずめが新幹線内でマスクをしている描写がある。それを見て私は一瞬あれ?この映画の世界ってコロナ禍があるのか?と錯覚してしまった。
これは後半に東北大震災の描写が出てくる前に、ファンタジーでも「これは私達の世界なんだ」と鑑賞者に示唆する描写だったのかと今になって思う。(コロナがある世界を表現したわけではない。)
ロードムービーBGMは神木隆之介のカラオケ
すずめの実家跡地に向かうべく高速道路の移動シーンに突入した冒頭にてメロディーが耳に入った瞬間、目を見開いてしまったが、ジブリ映画「魔女の宅急便」のOP挿入歌で有名な松任谷由実の「ルージュの伝言」が流れる。
そこから繰り出される懐メロの数々。そしてそれをカラオケする芹澤(CV神木隆之介)なわけですが、それだけで最高。
運転中のBGMを流す曲再生の描写、演出すらも芸が細かい。
パンフレットに書いてあったが、少女の成長をテーマにした長辺アニメーションで先行作品として最初に浮かんだのが「魔女の宅急便」だったとのこと。非常に興味深い。選曲も納得。
こと細かに丁寧に描かれた現代日本
挙げたらきりがないが、現実の企業スポンサーも相まって現代日本や地方から出てきた主人公であるすずめの振る舞いことなどなど
事細かい描写に感服。
閉じ師の使命に忠実だがすずめをしっかり送り出してくれた草太の祖父・羊郎
閉じ師の師範であり育ての親である羊郎は、「草太が、しくじったんだな。」と言いつつも、草太が要石として封印されても悲しむそぶりはおろかむしろ立派なことをしたと褒めている。
「草太の思いをムダにするな」と羊郎は言うが
草太が閉じ師の使命よりなにより、本心では「生きたかった」と願っていたことなど、彼は知りもしないでだろう。
「誰が要石をさした!答えなさい!」とすずめを怒鳴りつける。
「私です。」と答えたすずめに
「それで良い。ただ人(一般人)が関わって良いことではない」と言いつつも
常世に向かう方法をちゃんと教えてくれる羊郎。
良きキーマンだった。
「死ぬのが怖い」と受け入れたすずめ
草太「君は死ぬのが怖くないのか!」
すずめ「怖くない!」
羊郎「あなたは怖くはないのか。」
すずめ「怖くなんてありません。生きるか死ぬかなんてただの運だと思ってます。ただ、草太さんの居ない世界が私は怖い。」
そして物語の終盤
草太の記憶、強く生きたいという願いに触れ
すずめは「死ぬのは怖い。生きたい」と
自身の本当の素直な気持ちを受け入れる。
※セリフが正確でないかも
このすずめの心の成長、強調の仕方の演出◎
愛に飢えた無邪気な子供の神・ダイジン
すずめによって要石の封印が解かれたことで
自由に動けるようになった子猫の姿をした神様・ダイジン
(ちなみにダイジンは「大神」の意味もあるそう)
冒頭で草太を黄色い椅子に閉じ込め、要石の使命まで譲渡してしまう。
私は最初、本作のヴィラン(悪役)なのかと考えてたが物語が進行するにつれそうではなかったことに気付く。
敵意があるなら東京上空から落下したすずめを
身を挺して守ったりしない。
ダイジンは後ろ戸を開放していたのではなく
後ろ戸の場所にすずめを案内していたことが判明する。
すずめとダイジン、環とすずめ
すずめとダイジン
最初は痩せこけた姿で登場したダイジンは、
すずめから餌をもらい「うちの子になる?」という好意的な呼び掛けからすぐさま生気のある活き活きした姿になる。
草太が要石として封印された後、すずめはダイジンをつかみ投げようとするそぶりを見せるが、激昂を抑えながらも「二度と姿を見せないで。大嫌い。」とダイジンに言い放つ。
ダイジンは再び、痩せこけた姿に戻り、瞳からも光が消えてしまう。
環とすずめ
4歳で親を亡くしたすずめを、
環は「うちの子になろう」と抱きしめ迎え入れる。
そして物語の終盤、サダイジンに憑依された環は
「私の人生返してよ」とすずめに言い放つ。
すずめは傷つき
そばに居たダイジンは激昂してサダイジンに飛びかかる。
環は正気に戻り、自分がすずめに言ったことを省みて
芹澤の胸で号泣してしまう。
すずめ、環、ダイジン
異なる関係性でありながらも
見事な重ね方でこの演出に気付いた時にハッとした。
ダイジンは要石の神としてもまだ幼く無邪気な子供であり
自由の身になって自分を助けてくれたすずめに愛され
「すずめの子」になりたかったのだろう。
すずめのダイジンに対する拒絶の感情が消え、
再び生気を取り戻したダイジンは
すずめが要石となった草太を助け、すずめ自身が要石になると発言した時、ダイジンは目を見開き、すずめと共に草太を助けようとする。
「すずめの子はなれなかったけど、
すずめの手で元に戻して。」
草太を助け、再び要石としての使命を全うする姿に戻ったダイジン。
最後のダイジンのセリフがグッとくる。
芹澤
「猫は理由も無しについてきたりしない
なにかすずめちゃんにしてほしいことがあるんじゃないの?」
ダイジン・サダイジン
「その通り。人間の手で元に戻して欲しい。」
この発言から最終的には2つの要石の封印を
元に戻して欲しいということだったんだろう。
サダイジン(東の要石の神)について
サダイジンは草太の祖父・羊郎と面識がある様子。本作のダイジンのようにかつて要石の封印が解かれた際に関わりがあったのかもしれない。終盤に披露した本来の姿からして、ダイジンとは比べものにならない年月を要石として過ごしてきた神様なのではないだろうか。
初めてすずめの前に姿を現した時には環に憑依し負の感情を発露させるような動きを見せ、ダイジンに飛びかかられるシーンがあったが、その後あっさりダイジンを手なずけたのかダイジンを咥えて旅路に同行する。
常世では本来の姿を解放しミミズの進行を阻止していることから
要石の使命を全うしている様子。
サダイジンが憑依した際の環の言葉「私の人生返してよ」は本作である意味最も印象に残るセリフ。鑑賞後にサウンドトラックにて「Tamaki」を聴くとより環側の気持ちですずめとの関係性や本作を省みることができるのでおすすめ。
それにしても、なぜサダイジンは環に憑依してあんな心の内側の秘めた負の思いの発言をさせたのか。動機が見えないが、後のすずめとの関係性修復まで見据えて、あえて起こした出来事だとすれば
流石は神様といったところだろうか。
磨きに磨き上げてきたであろう構成
魅力的なキャラクターがたくさん登場するが、物語の軸となる人物と物語の脇役含めて「本当はもっと盛りたいけれど軸がぶれるから削ごう」といった制作陣の努力が滲み出ているような作品だった。
シリアスなところはシリアスに、コメディはコメディに、緩急つけてこの重いテーマを持つ作品をよくぞエンタメとして昇華してくれた。
セリフひとつひとつや細かい演出ひとつひとつが
ものすごい作り込みでまさに職人芸。
見ていて隙が無い。
最後まで飽きることなく鑑賞でき、時間があっという間だった。
「いってらっしゃい」「いってきます」と「おかえり」
新海誠監督の作品は始まりと終わりの構成、演出が本当に美しい
今回の構成は以下。
プロローグ〜戸締まり演出〜タイトルイン
〜本編スタート〜
戸締まり演出〜タイトルイン〜エピローグ
扉を閉じて始まり
扉を閉じて終わる
草太とのお別れの時も、鳥が一羽飛翔していく。
今作では鳥以外に蝶々も良い演出をしていた。
愛媛を飛び出し、日本を横断しながら旅先で人々と出会いたくさんの「いってらっしゃい」と「いってきます」を経験し、最後は愛媛に戻るすずめ。
常世のシーンで、震災で「おかえり」が叶わなかった数え切れないたくさんの「いってらっしゃい」「いってきます」があったことを私達は胸に刻みます。「おかえり」が言えなかった人々の分まで、私達は生きてく。
物語の始まりは夏
自転車で坂を駆け下りるすずめは夏服
フォーカスされる2羽の鳥
草太を見つける
物語の終わりは冬
自転車で坂を駆け下りるすずめは冬服+マフラー
フォーカスされる2羽の鳥
草太を見つける
「おかえり」というすずめ。
悼む(いたむ)ことを教えてくれ、未来へ肯定する物語
悼む:人の死を嘆き悲しむことの意
劇中では、かつて栄えていたが廃れて廃墟になってしまった場所がいくつも登場します。そのシーンではかつて賑わいのあった頃の様子と人々の声が流れます。その場所を悼むこと。 これが物語の根底にある。
終盤ではその舞台は東北の被災地、すずめの訪れる常世は燃える町が広がる世界。そこにもかつて人々の命があり、「おはよう」「いってきます」「いってらっしゃい」の声が無数にあった場所だということ、そしてそれがもう帰ってこないという現実であることを知る。
この人や場所を悼むことについて考える機会を与えてくれたことが本作の意義なのではないだろうか。
幼少期のすずめに伝えた言葉
「あなたはちゃんと大きくなる。光の中で大人になっていくよ。」
未来に希望を持って肯定していいんだよと、いわれた気がした。
構成の対比や、丁寧なセリフ、物語のひとつひとつに
ものすごくメッセージを感じた。
これが新海誠監督が本作で到達した深度だと受け止めた。
これまでの作品で今回が1番好きな作品になった。
以下、小ネタや考察
気になった演出、小ネタ
推察:すずめの行く先々で店が繁盛した理由
すずめがお世話になった愛媛の民宿、神戸のスナック
共に「今日はなんでこんなに人が来るのか」と不思議がるセリフがある。
なぜ人がたくさんきた(繁盛した)のか。
以下のどちらかもしくは両方だと推察。
1.草太が要石として神性を帯びてきていた。
羊郎は、草太が徐々に年月と共に神を宿していくと発言していたことから、草太が要石としての使命に加えて神性を帯びてきていた。
→すずめが神様と一緒に店に滞在した。
というところから店が繁盛したのではないか。
2.ダイジンが居たから?
民宿でダイジンがいる描写がわからなかったので1が濃厚に思っているが、ダイジンがすずめの近くに居たからという可能性も有る。
どちらにしろ神様がいたから商売繁盛というのが、
安易ではありますが可能性としては濃厚かと。
立川のシネコン・シネマシティの体験について
映画館・立川シネマシティでは極上音響上映が楽しめる。
音の粒、解像感が通常の映画館と全然違う。
鳥のささやき、水のせせらぎや風の音等、キャラクターの声以外の環境音、BGMの精細さに感動します。音はもちろんのこと、映像も4KRGBレーザープロジェクターなので文句なし。
ここの音を聞いてからだと、池袋グランドシネマサンシャインのIMAXシアターの音響でさえ、ねむたく感じてしまう。
加えて、長ったらしい上映前の広告+IMAXのアナウンスがないので快適。笑
気になった方は是非足を運んでみてくださいな。
アップデートしたら
1万字近い記事になってしまった。。
ここまでご覧いただき、ありがとうございます。
一緒にすずめの戸締まりを楽しみましょう。